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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)13585号 判決

原告 宗教法人定泉寺

右代表者代表役員代務者 井上良泉

右訴訟代理人弁護士 中村源造

同 鈴木稔充

被告 林戸栄子

右訴訟代理人弁護士 平井博也

同 山田滋

同 柴田徹男

主文

被告は原告に対し、金二〇万円およびこれに対する昭和四四年一二月二三日から完済に至るまで年五分の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金五万円の担保を供するときはかりに執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

主文第一、二項と同旨の判決および仮執行の宣言。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二主張

一  原告(請求の原因)

1  被告は、原告に対して昭和四一年一二月一日金一一〇万円を貸与したと主張し、右債権の保全のために横浜地方裁判所に原告所有の別紙目録記載の各土地に対する仮差押の申請(同裁判所昭和四三年(ヨ)第七六四号不動産仮差押事件)をしたところ、同裁判所は、昭和四三年八月二日右土地に対する仮差押命令を発し、その執行として右差押の登記(横浜地方法務局戸塚出張所同年同月五日受付二五一四〇号)がなされた。原告は、右仮差押命令に対する異議の申立(同裁判所昭和四三年(モ)第二、三五〇号)をし、口頭弁論を経て昭和四四年一〇月三日、右仮差押命令取消の判決がなされ、右判決は確定した。

2  原告は、被告主張の金員を借り受けたことがなく、右仮差押命令は、被告が真実に反する報告書および上申書を疎明資料として提出したために発せられたものであり、このため原告は次項記載の損害を蒙った。したがって、原告は、被告故意または過失により、右損害を蒙ったというべきである。

3  原告は、右仮差押執行の取消を求めるため、弁護士中村源造、同鈴木稔充に委任して右異議の申立をし、その手数料および謝金として各金一〇万円合計金二〇万円を支払った。

4  よって、原告は被告に対し、右損害金二〇万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四四年一二月二三日から完済に至るまで民事法定利率年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  被告(請求の原因に対する答弁)

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項の事実は否認する。

3  同第3項の事実中、原告主張の委任がなされた事実は認めるがその他の事実は知らない。

4  被告は、訴外井上良泉名義の借用証の存在を根拠として原告に対する貸金債権が存在すると主張し、原告主張の仮差押の申請をしたのである。そして、右良泉は、その当時の原告の代表役員であった訴外井上定泉の妻であり原告の責任社員でもあって、四、五年前から病の床にあった定泉に代って原告の事務一切の執行にあたっていた。また、被告は、その約一年前である昭和四〇年一二月一〇日に良泉を原告の代理人として原告に金一一〇万円を貸与したことがあった。したがって、被告は原告に対し、右借用証記載の金一一〇万円を貸与したものと信じて疑わず、そのように信じるについて過失がなかったものである。

第三証拠の提出、援用、認容≪省略≫

理由

一  請求の原因第1項の事実は当事者間に争がない。

ところで、債権者が被保全権利または保全の必要性が存しないのに故意または過失によりこれありとして仮差押を申請し、よって発せられた仮差押の執行により債務者に損害を与えたときは、債権者は、その損害を賠償する義務を負うこともちろんであるが、仮差押命令は一応の疎明に基づいて発せられ、債権者はこれによって簡易、迅速に権利の保全を図ることができるのであるから、のちに本案訴訟により被保全権利の不存在が確定された場合または本案訴訟が未だ結着をみるに至っていなくとも債権者が被保全権利の存在をあきらかに証明することができない場合においては、当事者間の公平の観点から当該仮差押の申請につき債権者に過失があったものと推定するのが相当である。

二  そこで、右仮差押の被保全権利の存否についてみるに≪証拠省略≫によれば、被告は、訴外井上良泉作成名義の被告宛の借用証書一通および被告作成の報告書および上申書各一通を疎明資料として右仮差押を申請したが、右借用証書の記載からは井上良泉自身が昭和四一年一二月一日被告から金一一〇万円を借り受けたことが看取されるのみであって、これには原告が右金員を借り受けたことを窺わしめる何の記載もないことがあきらかである。もっとも、≪証拠省略≫によれば、その当時、原告の代表役員であった訴外井上定泉が長く病床にあったため、原告の代表者の職務は原告の責任社員であった前記良泉が事実上代行していたことおよびその前年である昭和四〇年一二月頃被告は右良泉を通じて原告に金一一〇万円を貸与したことが認められるが、他方良泉自身もまた個人としてその当時他から金員を借り受けたことのある事実がこれによって認められるので、右の事実を斟酌しても前記借用証書の記載から直ちに原告が被告から金一一〇万円を借り受けたものということは到底できない。また、≪証拠省略≫中には、昭和四一年中被告が良泉を通じて原告に対し数回にわたり金員を貸与し、これを一括して書面上あきらかにする趣旨で前掲借用証書を作成させたとの部分があるが、前述のように良泉個人が他から金員を借り受けたことのある事実および右の個別の貸借につきこれをあきらかにした証書等が存しないことを考えると、右供述等によっては被告が良泉に対してではなく原告に対しその供述するような金員を貸与したものと認めるに足りない。他に前記仮差押の被保全権利の存在を肯認すべき資料は存しない。したがって、右仮差押の被保全権利の存在についてはこれを認めるに足りる証拠はないというほかはない。そうとすれば、右仮差押の申請をするにつき被告に過失があったと推定するのが相当である。そして、前認定の事実から被告が原告に対しその主張の金員を貸与したと信じたにつき過失がなかったということはできないし、他にそのように信じたとしても無理からぬところであったというべき特別の事情を認めるに足りる証拠もない。してみると、結局右推定を覆えして被告に過失がなかったと断ずるに足りる証拠はないというべきである。

三  原告が前記仮差押に対する異議の申立につき、弁護士中村源造、同鈴木稔充にこれを委任したことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば、原告は、その手数料および謝金として遅くも昭和四四年一二月二三日までに各金一〇万円を両弁護士に支払ったことが認められる。そして、右金額は日本弁護士連合会会規による報酬基準額の上限を超えないことがあきらかであるから、原告は、被告の前記仮差押により金二〇万円の通常損害を蒙ったというべきである。

四  そうすると、被告は原告に対し、損害賠償として右金二〇万円およびこれに対する履行期到来の後である昭和四四年一二月二三日から完済に至るまで年五分の遅延損害金を支払う義務があり、右の支払を求める原告の請求は理由がある。

よって、原告の請求を認容し、民訴法八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘勝治)

〈以下省略〉

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